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削除できないファイルの削除方法

Windows XPでファイル名の末尾にピリオドや空白が付いているファイルを削除しようとすると、「ファイルを削除できません。送り側のファイルまたはディスクから読み取れません。」(ファイルまたはフォルダの削除エラー)というダイアログが出てきて削除できません。

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京王電軌時代の架線柱【6】

●上北沢駅構内
銘板10-120F上北沢駅構内にある「上北沢2」の銘板に「S3.10」と表記されています。近辺の架線柱はすべて戦後に建てられてたものですが、何故かこの1本だけ残っています。
京王電軌時代の上北沢駅は新宿方にある踏切のところにありましたが、1950年頃の「三編工」に伴い現在の位置に移動しています。このとき上り線側の鉄柱が移植されている可能性がありますが、上り線側の銘板にも「S3.10」の表記があります。

●東府中駅構内
銘板8031F東府中駅ホームの八王子方の先端に「東府中6」=「一の宮線16」があります。「東府中6」の銘板には建殖年月が記載されていませんが、「一の宮線16」の銘板には「昭16.12 20M」と記載されています。本線(3、4番線)を跨いでいる横桁の構造と下り副本線および競馬場線(1、2番線)を跨いでいる横桁の構造が異なっています。これは本線部分が1941年12月に建てられ、副本線側が後年に増設されたことを示しています。増設の時期は府中の下り待避線(1番線)を廃止し東府中に待避線を増設した1970年代中頃と思われます。

【関連記事】
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パタパタの終焉

京王電鉄の今年度の事業計画では千歳烏山などに設置されている行先案内板をすべてLED案内表示器に更新するとなっています。6月17日現在、京王線系では千歳烏山の案内板はすでに更新が完了し消滅、聖蹟桜ヶ丘と京王八王子の案内板はまだ稼動しています。

●千歳烏山パタパタパタパタ
千歳烏山の行先案内板は上下ホームの東口階段および西口階段付近に設置されていました。後述の聖蹟桜ヶ丘やすでに撤去されている京王多摩センターと同型の英字入りのものでした。写真は下りホームの西口階段付近のものです。5月30日(月)からLED案内表示器の設置工事が始まり、6月4日(土)から稼動しています。それに伴い行先案内板が撤去されています。

●聖蹟桜ヶ丘パタパタパタパタ
前述の千歳烏山と同型のものが上下ホームの階段付近に設置されています。左の写真は下り1番線ホームの八王子方階段付近、右の写真は上り2番線ホームの八王子方階段付近のものです。案内板の上部には鳩除けと思われる剣山状の金具が取り付けられています。

●京王八王子パタパタパタパタ
1990年の地下駅竣工時に英字併記なしのものが設置されました。このタイプは千歳烏山や聖蹟桜ヶ丘にある表示板の1世代前のもので、一時はあちこちの駅で見られました。他の駅ではLED表示器への更新に伴い消滅しましたが、京王線系では京王八王子だけに残っています。左の写真は中央口改札にある時計付の案内板、右の写真は2番線ホームの案内板です。
井の頭線の渋谷駅西口改札付近にも同世代の案内板が設置されていますが、現状は確認していません。

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9000系+6000系の特急

9008F6438F今日のNo.3に6438F+9008Fが入りました。 この運用は朝05:46に若葉台を出庫し、昼間は本線特急に入り 、夜00:27に高幡不動に入庫する運用です。新宿方のデハ6438には女性専用車シールが貼られていました。

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