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東京府のマンホール【3】

渋谷区渋谷4丁目から東1丁目の八幡通り(渋谷区特別区道第872号路線・東京都市計画道路幹線街路補助線街路第20号線)と渋谷区神宮前の明治通り(東京都道305号芝新宿王子線・東京都市計画道路幹線街路環状第5号線)にも東京府のマンホールが残っています。

mark manhole

デザインは東京市型と呼ばれるJIS標準模様で、中央部分のマークは昭和6年(1931年)制定の東京府章です。この府章の縦棒はマンホールの地模様の線と同じ太さになっており、渋谷区神泉町内の旧山手通り(東京都市計画道路幹線街路補助線街路第25号線・東京都道317号環状六号線)や八幡通りの猿楽橋周辺にあるマンホールで見られる府章とは異なっています。

風景

このタイプの蓋は八幡通りの渋谷2丁目交差点付近から青山学院周辺で12枚、明治通りの神宮前交差点から千駄ヶ谷小学校交差点の間で10枚現存しているのを確認しています。

昭和初期の3枚の地図

  • 「復興完成記念東京市街地圖」(東京日日新聞、昭和5年)
  • 「大東京最新明細地圖・隣接町村合併記念」(東京日日新聞、昭和7年)
  • 「模範新大東京全圖」(文彰堂、昭和9年版訂正第15版)

を見比べますと、このマンホールが見られる青山通りから実践女学校(現実践女子学園高校)までの区間の八幡通りは昭和6年(1931年)頃に整備されています。ところが縦線の細い府章のマンホールが見られる実践女学校から猿楽町の区間は昭和8~9年(1933~34年)に整備され、猿楽橋もこのときに架けられています。

一方、神宮前の明治通りは昭和6年(1931年)昭和8年(1933年)、富ヶ谷交差点以南の山手通り(東京都市計画道路幹線街路環状第6号線・東京都道317号環状六号線)は昭和14年(1939年)までにそれぞれ開通しています。

これらの道路整備の時期から勘案しますと、縦線が太い東京府章のマンホールは府章制定直後の昭和6~8年(1931~33年)頃に製造されたものとみなしていいかもしれません。

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