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仙川駅の変遷

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京王線の仙川駅は半地下になっています。これは駅周辺が仙川と国分寺崖線・入間川に挟まれた台地となっており、京王線の路盤が掘割構造になっているためです。

ところが大正6年(1917年)の地形図では駅周辺が掘割になっておらず、駅位置も通りの西側になっています。そして昭和5年(1930年)の地形図では掘割構造で、駅も現在と同じ通りの東側になっているのが読み取れます。

「せんがわ21」には

大正二年京王線が開通した当時は、見渡す限りの平野畑で、駅は現在の第一勧銀前タバコ屋の所の平坦地にありました。単線で、金子駅や烏山駅からは急勾配のため、乗客が下りて電車の後押しをしたという笑話しものこっています。(P.27)

駅は初め谷間にはなく、道路と同じ面にあった。烏山から仙川の高台を上りつめた所にあり、電車は金子へ急坂で下って行っていた。(P.30)

駅跡

と地域の古老の方が書かれています。引用中の第一勧銀は現在のみずほ銀行仙川支店のことです。即ち、大正2年(1913年)の京王線笹塚-調布間の開業時には仙川駅は現在の商店街通り(東京都道114号武蔵野狛江線)と仙川5号跨線橋の間の地上にありました。

昭和2年(1927年)12月17日に烏山~調布間の軌道位置および勾配変更改良工事が完成し、新線経路での運転になりました。「せんがわ21」には

仙川駅が今のように切通しの谷間にでき、駅舎が橋の上、今の星和書店の所にできたのが昭和二年。(P.31)

跨線橋

京王9049F

と書かれています。この工事で掘割部に上り線が直線で下り線が南側に弓なりになる島式ホームが設置され、駅舎が現在の商店街通り(都道114号線)の仙川橋に面して建てられました。また地元からの要望により掘割部に給田一三橋や大正橋を含む9本の跨線橋が架けられましたが、そのほとんどは改築もしくは廃止され、仙川5号跨線橋だけが当時の姿のままで残されています。

旧駅舎

ホーム

戦後の昭和31年(1956年)に駅舎がホーム中央上部に移転しました。このときの改札口の位置は現在の京王ストアの入口付近になります。そして平成8年(1996年)10月に上りホームが新設され、従来の島式ホームは下り線専用になりました。平成10年(1998年)4月29日に仙川駅ビルが完成し、現在の姿になりました。

駅舎

ただ、駅前の桜の木だけが昔の姿を伝えています。

【参考文献】
せんがわまちニティ情報センター 『せんがわ21 特集・せんがわ界隈史』 1993年9月25日

【関連記事】
調布付近の京王線旧線跡 (2011.07.17)
旧調布駅の跡 (2005.07.08)

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