京王電軌の架線柱と川世線・給田西分流
この架線柱のほぼ真上には、東京電力千歳変電所と南武変電所を結ぶ川世線(154kV、2回線)と千南線(66kV、2回線)が通っています。この近くに建っている鉄塔は「川世線No.58」鉄塔です。
川世線は、大正11年(1922年)12月に群馬電力によって敷設された110kVの群馬線(金井水力発電所~川崎変電所、185km)を起源としています。群馬電力は東邦電力の子会社となり、大正14年(1925年)3月に早川電力と合併して東京電力が設立されました。この会社は東邦電力の子会社で、現在の東京電力とは直接的な関係はありません。そして昭和2年(1927年)12月に東京電燈に吸収合併されました。
昭和13年(1938年)3月26日に電力国家統制法案が成立し、4月1日に国家総動員法と共に施行されました。これを受けて、全国の電力会社が所有していた発電・送電設備が接収され、昭和14年(1939年)4月に半官半民の特殊法人である日本発送電株式会社が発足しました。
昭和15年(1940年)に、京浜地区の電力負荷の増加に対応するために片山開閉所(現在の東京電力武蔵野変電所)から川崎変電所までの区間の鉄塔が建て直され、154kVの北多摩線が増設されました。そして昭和19年(1944年)8月に群馬線の送電電圧が110kVから154kVに昇圧されました。京王線の南側に建っている川世線No.57鉄塔は当時のものです。
戦後、北多摩線・群馬線は、
- 北多摩線:武蔵野変電所~千歳変電所
- 川世線:千歳変電所~南武変電所
- 南武線:南武変電所~川崎変電所
と線路名が分割されました。そして1990年代中頃から鉄塔の建て替えが行われており、昭和15年(1940年)建柱の鉄塔は急速にその数を減らしています。川世線No.58鉄塔は平成7年(1995年)4月に建て替えられました。
開業時の京王電軌は鉄道用の電力を東京電燈淀橋変電所から笹塚変電所で受電し、配電用電力は府中発電所で賄っていました。しかし大正4年(1915年)12月30日に玉川電気鉄道(富士瓦斯紡績駒澤変電所)からも受電を始めたため、府中発電所が廃止されました。
大正11年(1922年)12月から府中でも東京電燈立川変電所からの受電が行われるようになりました。昭和6年(1931年)12月30日に日本電力立川変電所(現在の東京電力聖蹟桜ヶ丘変電所)からの受電に切り替わりましたが、東京電燈および玉川電鉄からの受電は引き続き行われました。後年、千歳変電所からの22kV送電線が、ここで東西に
- 神代線:~京王電鉄調布変電所≒東京電力柴崎変電所
- 笹塚線:~京王電鉄上北沢変電所~京王電鉄笹塚変電所
の2系統に分岐していましたので、ここでも受電するために昭和10年(1935年)に「千歳烏山30」架線柱が建柱されたと考えられます。
この「千歳烏山30」架線柱のそばに全長3m程の鉄橋があります。これは仙川の分流である給田西分流(仮称)を跨ぐ橋です。右の昭和5年(1930年)の地形図中の青線が給田西分流(仮称)、水色線が仙川の本流、赤線が群馬線(現在の川世線)です。甲州街道の北側では、この分流が現在の仙川の本流の位置を流れており、本流は現在の弁天橋下流で分流と別れ、北側の団地の中を流れていました。
「野川分流の橋台跡」で述べた野川分流を跨ぐ橋も、このような感じのものであったのかもしれません。
【参考文献】
京王電気軌道株式会社 『京王電氣軌道沿線遊覧案内』 大正2年
京王電気軌道株式会社 『京王電氣軌道株式會社三十年史』 昭和16年2月20日
電氣學會・電氣協會 『電氣工作物震災豫防調査會調査書』 大正13年12月30日
東京遞信局 『管内電氣事業要覧 第九回』 電氣協會關東支部 昭和7年12月30日
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