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標準時に関する法令

日本標準時(Japan Standard Time: JST)は、法令上「中央標準時」と呼ばれています。

明治19年(1886年)7月12日に公布された勅令第51号によって、初めて標準時が制定されました。

勅令第五十一號

朕本初子午線經度計算方及標準時ノ件ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム

御名御璽

明治十九年七月十二日

一 英國グリニッチ天文臺子午儀ノ中心ヲ經過スル子午線ヲ以テ經度ノ本初子午線トス

一 經度ハ本初子午線ヨリ起算シ東西各百八十度ニ至リ東經ヲ正トシ西經ヲ負トス

一 明治二十一年一月一日ヨリ東經百三十五度ノ子午線ノ時ヲ以テ本邦一般ノ標準時ト定ム

明治28年(1895年)4月17日に調印・締結された日清講和条約(下関条約)で、台湾が清から日本に割譲されました。

媾和條約

大日本國皇帝陛下及大清國皇帝陛下ハ兩國及其ノ臣民ニ平和ノ幸福ヲ回復シ且將來紛議ノ端ヲ除クコトヲ欲シ媾和條約ヲ訂結スル爲メニ大日本國皇帝陛下ハ内閣總理大臣從二位勲一等伯爵伊藤博文外務大臣從二位勲一等子爵陸奧宗光ヲ大清國皇帝陛下ハ太子太傅文華殿大學士北洋大臣直隷總督一等肅毅伯李鴻章二品頂戴前出使大臣李經方ヲ各其ノ全權大臣ニ任命セリ因テ各全權大臣ハ互ニ其ノ委任状ヲ示シ其ノ良好妥當ナルヲ認メ以テ左ノ諸條款ヲ協議決定セリ

第一條 (略)

第二條 清國ハ左記ノ土地ノ主權竝ニ該地方ニ在ル城塁、兵器製造所及官有物ヲ永遠日本國ニ割與ス

一 左ノ經界内ニ在ル奉天省南部ノ地
鴨緑江口ヨリ該江ヲ溯リ安平河口ニ至リ該河口ヨリ鳳凰城、海城、營口ニ亙リ遼河口ニ至ル折線以南ノ地併セテ前記ノ各城市ヲ包含ス而シテ遼河ヲ以テ界トスル處ハ該河ノ中央ヲ以テ經界トスルコトト知ルヘシ
遼東灣東岸及黄海北岸ニ在テ奉天省ニ屬スル諸島嶼

二 臺灣全島及其ノ附屬諸島嶼

三 澎湖列島即英國「グリーンウィチ」東經百十九度乃至百二十度及北緯二十三度乃至二十四度ノ間ニ在ル諸島嶼

第三條~第九條 (略)

第十條 本約批准交換ノ日ヨリ攻戰ヲ止息スヘシ

第十一條 本約ハ大日本國皇帝陛下及大清國皇帝陛下ニ於テ批准セラルヘク而シテ右批准ハ芝罘ニ於テ明治二十八年五月八日即光緒二十一年四月十四日ニ交換セラルヘシ

右證據トシテ兩帝國全權大臣ハ茲ニ記名調印スルモノナリ明治二十八年四月十七日即光緒二十一年三月二十三日下ノ關ニ於テ二通ヲ作ル

これを受けて明治28年(1895年)12月27日に勅令第167号が公布され、東経135度の標準時が「中央標準時」、東経120度の時刻が「西部標準時」と規定されました。

勅令第百六十七號

朕標準時ニ關スル件ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム

御名御璽

明治二十八年十二月二十七日

第一條 帝國從來ノ標準時ハ自今之ヲ中央標準時ト稱ス

第二條 東經百二十度ノ子午線ノ時ヲ以テ臺灣及澎湖列島竝ニ八重山及宮古列島ノ標準時ト定メ之ヲ西部標準時ト稱ス

第三條 本令ハ明治二十九年一月一日ヨリ施行ス

昭和12年(1937年)9月25日に、この勅令を改正する勅令第529号が公布され、中央標準時だけが残りました。

勅令第五百二十九號

朕明治二十八年勅令第百六十七號標準時ニ關スル件中改正ノ件ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム

御名御璽

明治二十八年勅令第百六十七號中左ノ通改正ス

第二條 削除

附則 本令ハ昭和十二年十月一日ヨリ之ヲ施行ス

現在のJSTは原子時から生成された標準時で、天文時である中央標準時とは科学的には厳密に区別されるものです。しかし法令上は上記のように規定されており、JSTを定義した法令は存在していません。

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