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王子町のマンホール【1】

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明治22年(1889年)5月1日に東京府北豐島郡の王子村、豐島村、梶原堀之内村、上十條村、下十條村と船方村の西半分が合併して王子村が誕生しました。明治41年(1909年)8月8日に町制を施行して北豐島郡王子町となりました。その後、昭和7年(1932年)10月1日に北豐島郡岩淵町とともに東京市に編入され王子區になりました。そして、昭和22年(1947年)3月15日に瀧野川區と統合されて北区になりました。

王子町の下水道整備事業は昭和4年(1929年)3月25日に認可されました。そして昭和17年(1942年)度完成予定で工事が進められました。王子町の東京市編入時には全体の16%が竣工、残りの整備事業は東京市に引き継がれました。

風景

manhole

北区王子本町2丁目の住宅地の路地に王子町のマンホールが11個残っています。デザインは東京市型と呼ばれるJIS標準模様で、中央には王子町章の周囲に「下水」の文字を図案化したものが描かれています。

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この町章は大正6年(1917年)12月22日に制定された八王子市章に似ていますが、「王」の字の上下の横線の膨らみが逆です。

これらの蓋の多くは道幅が1m程度の非常に狭い路地に存在しており、この一帯で大規模な再開発が行われない限り残るのではないかと考えられます。

【参考文献】
北豐島郡農會 『北豐島郡誌』 大正7年11月10日
東京市役所 『市域擴張記念 大東京概觀』 昭和7年10月1日
東京市役所 『東京市市政年報 下水道篇 昭和十二年度』 昭和14年3月

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