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かう志んばしと駒橋線

中野区立桃花小学校の前にコンクリート製の橋の欄干が残っています。

風景

風景

親柱には、それぞれ「かう志んばし」、「大正十三年一月二十六日成」と刻まれています。橋名の由来は近くに庚申塔が建っていたからと考えられます。庚申塔の近くの橋を「庚申橋」という事例は他所でもあります。

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橋が架設された頃、橋(地図中の赤丸)の下には神田川(一級河川・荒川水系)支流の桃園川(青線)が流れていました。大正15年(1926年)から昭和6年(1931年)にかけて周辺一帯の区画整理が実行され、桃園橋以西の桃園川の流路がこの地を通っていた送電線沿いの経路(水色点線)に変更されました。

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この送電線は、東京電燈株式會社が山梨県北都留郡廣里村大字駒橋に建設した水力発電所である駒橋發電所(出力15,000kW)から東京府豐多摩郡戸塚村大字下戸塚字石田前224番の早稻田變電所までの76kmを結ぶ駒橋線(55kV、2回線)です。送電開始は明治40年(1907年)12月20日で、日本初の長距離特別高圧送電線でした。

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しかし大正14年(1925年)頃、高円寺変電所(2006年8月末廃止)-早稲田変電所間が近くを通っていた谷村線(現:高井戸線)に統合される形で廃線になっています。このため中野区内では駒橋線跡地に桃園川が掘削されたことになります。そして、昭和9年(1934年)頃に荻窪変電所以西の駒橋線が廃線されました。

現在では、高円寺-荻窪間の送電線も撤去、流路変更後の桃園川は暗渠化され「桃園川緑道」になりました。

【参考文献】
戸塚町誌刊行會 『戸塚町誌』 昭和6年10月12日
社團法人日本動力協會編 『日本の發電所(東部日本篇)』 昭和8年9月30日
東京遞信局 『第拾回 管内電氣事業要覧 』 電氣協會關東支部 昭和8年12月23日
東京遞信局 『第拾壹回 管内電氣事業要覧』 電氣協會關東支部 昭和10年6月18日
東京電燈株式會社 『東京電燈株式會社開業五十年史』 昭和11年8月23日

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