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市ヶ谷橋

靖国通り(東京都道302号新宿両国線・東京都市計画道路幹線街路放射第6号線)は、市ヶ谷駅前に架かっている市ヶ谷橋でJR中央線を跨いでいます。

市ヶ谷橋

市ヶ谷橋は、関東大震災後の帝都復興事業で行われた第二号幹線「大正通り」(現:靖国通り)の整備に伴い、昭和2年(1927年)12月11日に架設された長さ36.4m、幅15.6mの鉄筋RC造の跨線橋です。橋の北詰は外濠の堰堤を兼ねた土塁構造となっており、両側が石垣で固められています。

架設当時、中央線の飯田町-中野間で列車と電車を分離するための列車線線増工事が行われていました。この線増工事は大正8年度(1919年度)から用地買収が行われ、大正11年(1922年)6月に着工しました。そして昭和4年(1929年)3月16日に市ヶ谷付近の線増工事が竣工しました。その後、昭和6年(1931年)2月から御茶ノ水-兩國間の高架線(昭和7年7月1日開通)工事と御茶ノ水-飯田橋間の線増工事が行われ、昭和8年(1933年)9月15日から列車線を使用して東京-中野間で急行電車の運転が始まりました。

親柱 市ヶ谷橋

橋の東側には架設当時の親柱と欄干が残っていますが、西側には残っていません。昭和6年(1931年)の写真と比較しますと、橋の西側が親柱の幅だけ拡幅されていることが確認できます。

解説板 石垣石

江戸時代、現在の市ヶ谷駅前には市ヶ谷見附の枡形門がありました。寛永13年(1636年)に外濠が開削されたときに市ヶ谷橋が架設されました。現在では枡形門の痕跡は全くありませんが、麹町警察署市ヶ谷見付交番裏に橋台として使われていた石垣石が残されています。

【参考文献】
"新東京名所 市ヶ谷見附跨線水道橋", 土木建築工事畫法, 第7巻第4号, pp.42-43(昭和6年4月)
橋本敬之(鐵道省東京第一改良事務所長): "兩國お茶の水間高架鐵道工事に就て", 土木建築工事畫法, 第7巻第5号, pp.38-43(昭和6年5月)
平井喜久松(鐵道省東京第一改良事務所長): "進捗せる兩國線建設工事", 土木建築工事畫法, 第8巻第2号, pp.4-13(昭和7年2月)
平井喜久松(鐵道省東京第一改良事務所長): "御茶ノ水兩國間高架線工事に就て", 土木建築工事畫法, 第8巻第7号, pp.20-24(昭和7年7月)
平井喜久松(鐵道省東京第一改良事務所長): "御茶ノ水兩國間高架線工事に就て", 土木建築工事畫法, 第8巻第8号, pp.33-40(昭和7年8月)
平井喜久松: "御茶ノ水・兩國間高架線工事に就て", 土木學會誌, 第18卷第8号號, pp.845-856(昭和7年8月)
平井喜久松(鐵道省東京改良事務所長): "東京附近鐵道改良工事の十年", 土木建築工事畫法, 第9巻第6号, pp.24-26(昭和8年6月)
法政大学エコ地域デザイン研究所 『外濠 江戸東京の水回廊』 鹿島出版会 2012年4月10日
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