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品川町のマンホール

かつて目黒川(二級河川・目黒川水系)の河口付近には砂嘴が発達していたため、奈良時代から武蔵国の国府津(外港)であったとされる品川湊がありました。

旧東海道

室町時代には神奈川湊と共に江戸内湾の代表的な湊に成長し、伊勢・熊野と結ぶ太平洋航路で栄えていました。慶長6年(1601年)に東海道の品川宿が併設されました。享保7年(1722年)12月に品川宿と高輪の間にあった茶屋町が歩行新宿(かちしんしゅく)と名付けられ品川宿に組み込まれました。

町章

明治22年(1889年)5月1日に東京府荏原郡品川歩行新宿、南品川利田新地、南品川獵師町、南品川宿、二日五日市村と北品川宿の一部が合併して品川町が誕生しました。その後、昭和7年(1932年)10月1日に荏原郡品川町、大崎町、大井町とともに東京市に編入され品川區になりました。そして昭和22年(1947年)3月15日、荏原區を編入し現在の品川区が誕生しました。

地図

大正8年の都市計畫法により東京府道第1號東京厚木線(現: 玉川通り・国道246号)の大橋付近から河口に至る延長約2里の目黑川改修工事が計画され、河口から皀樹橋(さいかちばし)までの約1里半は船舶の航行に適する水路に改修することになりました。河口付近の工事は大正15年(1926年)7月14日に起工し、昭和3年(1928年)に竣工しました。

地図

これにより、國道1號(現: 第一京浜・国道15号)に架かる東海橋より下流側の流路が直線化され、東海橋から旧東海道に架かる品川橋までの旧流路は埋め立てられました。しかし、品川橋より河口までは舊目黑川として残りました。そして、八ツ山橋から舊目黑川河口まで街路(現: 八ツ山通り・品川区特別区道幹線一級4号線)が整備されました。

目黒川

その後、八ツ山通りの整備に伴い昭和43年(1968年)3月に河口部を除く旧目黒川が埋め立てられました。河口部は品川浦の船溜りとして現在でも残っていて、何軒かの船宿が盛業中です。

右の写真は、JR東海道線の目黒川橋梁と東海橋の間に架かっている要津橋から下流側の景色です。

マンホール

この船溜り前の八ツ山通りに品川町のマンホールが1枚残っています。鉄蓋の紋様は分割数が16-16-28-28である東京市型ですが、通常のものとは凹凸が逆になっています。そして、中央部には下水の文字を図案化し(所謂「下水構え」)、その中に「品」の字を図案化した品川町章が入った紋章が描かれています。

八ツ山通り

品川町の下水道については、東京府が「東京都市計画郊外下水道設計」の一貫として昭和2年5月30日に測量を開始し、昭和3年3月31日に設計が完了しています。これに基づき、品川町では昭和7年度(1932年度)から下水道整備に着手する予定となっていましたが、実際は行なわれませんでした。しかし、『マンホールのふた<日本篇>』には、

昭和7年発行「品川町史」によると、昭和3年に海晏寺前暗渠工事の時に、マンホール3ヶ所を設け、その後、昭和7年に東京市に併合されるまで町内で何ヶ所かにマンホールを設置している。

八ツ山通り

とあります。この場所は昭和5年(1930年)頃に街路整備された区間の終点であるため、時期的に見て上述の何ヶ所かの1つであったと考えられます。これは下水道整備計画を先取りする形で、街路整備工事や暗渠化工事と同時に品川町が下水道管の敷設を行っていたことを示唆しています。

雨水枡

なお、八ツ山通りと並行している旧東海道には、品川区が設置した「旧東海道」と書かれた街渠雨水枡があります。こちらにも「品」の字を図案化した品川区章が描かれていますが、品川町章とは異なっています。

【参考文献】
大日本帝國陸地測量部 『品川 一万分の一』 大正15年6月30日
品川町役場 『品川町史 上巻』 昭和7年2月11日
東亰日日新聞 『大東京最新明細地圖 隣接町村併合記念』 昭和7年10月1日
東京府 『東京府史 行政篇第四巻』 昭和11年9月19日
東京市役所 『東京市市政年報(下水道編) 昭和十二年度』 昭和14年3月
林丈二 『マンホールのふた<日本篇>』 サイエンティスト社 1984年3月
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