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二子橋の初代親柱

昭和51年(1976年)に二子橋が改築されるまで使われていた初代の御影石製親柱が世田谷側と川崎側に保存されています。

解説文 親柱

世田谷側のものは、玉川通りと新二子橋へのバイパスの分岐点である世田谷区立玉川四丁目広場内のバイパスの橋脚脇にあります。2本の親柱にはそれぞれ「二子橋」、「大正十四年七月竣工」と刻まれています。

親柱間には故萩原二郎氏が昭和40年4月3日に撮影した写真が入った解説文もありますが、

昭和14年(1939)から電車は専用橋へ移り、昭和35年(1960)には橋の幅を拡げて現在の二子橋が建設されました。

と年が間違って書かれています。

170211_futako2_1 親柱

川崎側のものは、二子橋南詰の多摩沿線道路(川崎市主要地方道幸多摩線)との交差点である二子橋交差点にあります。こちらの2本の親柱にはそれぞれ「ふたこばし」、「ふたごばし」と刻まれています。傍には二子の渡しの解説板が建っています。

川崎歴史ガイド 大山街道ルート

二子の渡し

二子橋の完成は大正十四年。それまで、街道を行く人々はここ二子の渡しから多摩川を渡った。徒歩船、馬船。河原には茶屋、蕎麦屋。
船待ちや川遊びで、渡し場は大いに賑った。

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