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高尾線開通50周年

10月1日に高尾線が開通して50周年を迎えました。

前史 - 御陵線時代

昭和2年(1927年)12月12日、京王電氣軌道は多摩御陵参拝のための路線である御陵線の特許を取得しました。特許されたルートは東八王子から八王子市街の北側を通過し、多摩御陵に至る所謂北回りルートでした。

軌道特許狀下付

本月十二日京王電氣軌道株式會社ニ對シ軌道延長線敷設特許狀ヲ下付セリ其起業目論見ノ槪要左ノ如シ(鐵道省、内務省)

動力 電氣
軌間 四呎六吋
起終點 東京府八王子市明神町、同府南多摩郡橫山村
延長哩程 三哩六十七鎖
建設費 百四十万圓

ところが、八王子市議会の反対により、北野から分岐し八王子市街の南側を通る南回りルートに変更を余儀なくされました。昭和6年(1931年)3月20日に北野-御陵前間6.4kmが開業しました。

其の後用地買收難等の爲め計畫の變更を餘儀なくされ、現在の御陵線即ち北野驛より分岐し、由井村を經て多摩御陵前に至る線に變更し、昭和四年五月參拾壹日起業目論見書變更の認可をうけ、早速用地買收にかゝり、昭和五年五月拾日工事に着手し、翌六年參月貳拾日開通を見るに至った。

沿線名所図会

路線は全線単線、駅は片倉、山田、橫山、御陵前で、片倉と橫山に交換設備が設けられました。橫山駅そばの東京府南多摩郡橫山村散田新地390に橫山變電所が設置されました。橫山變電所は東京電燈(昭和6年12月30日より日本電力)から3.3kVで受電し、富士電機製500kWの回転変流器2台によりDC600Vの運転用電力を供給していました。

昭和12年(1937年)5月1日に、橫山が武藏橫山、御陵前が多摩御陵前に改称されました。

Goryomae_1940

昭和16年8月29日勅令第835号「金屬類囘収令」(昭和18年8月12日勅令第667号で全面改正)に基づく鉄材供出のため、御陵線は不要不急線に指定され、昭和20年(1945年)1月21日に休止されました。線路、架線柱等の設備は順次撤去されましたが、一部の鉄橋は残されました。また撤去後、西參道で保管された鉄桁もありました。

昭和20年8月2日の米軍による八王子空襲(8月1日20:20警戒警報、20:55空襲警報発令、2日00:45~空襲)で多摩御陵前駅舎は焼失してしまいました。この空襲で東八王子駅や八王子駅も焼失しました。

同年10月1日の官報で、8月15日に軌道法による軌道から地方鉄道法による地方鉄道に変更されたことが告知されました。

軌道ヲ地方鐵道ニ變更許可

東京急行電鐵株式會社ニ對シ特許セル砧線二子讀賣園、砧間、溝ノ口線二子讀賣園、溝ノ口間及京王線京王新宿、東八王子間、調布、京王多摩川間、北野、多摩御陵前間軌道ヲ地方鐵道ニ變更ノ件本年八月十五日之ヲ許可セリ(運輸省、内務省)

しかし、路線の営業は再開されず、路盤は放置されたままでした。

高尾線建設

1960年代になると沿線開発を目的として御陵線の復活が具体化してきました。そこで、高尾山の観光開発と併せて、山田駅西方の北野起点3.760kmまでは御陵線の路盤を再利用し、それ以西は国鉄高尾駅を経て高尾山口に至る新設線が計画されました。昭和39年(1964年)6月17日に山田-高尾山口間が免許されました。そして、北野起点3.760km以西の御陵線は同年11月26日に廃止されました。

軌間は1372mm、北野-高尾間は複線、高尾-高尾山口間は単線で、駅は北野駅を含め6駅が計画されました。

  • 北野停車場(0.000km): 相対式110m
  • 片倉停留場(1.670km): 相対式80m
  • 八王子台停留場(4.350km): 島式125m
  • 狭間停留場(5.830km): 相対式125m
  • 高尾停車場(6.900km): 島式135m
  • 高尾山口停車場(8.650km): 島式125m

昭和40年(1965年)2月に工事施工が認可され、翌昭和41年3月に着工しました。この建設工事の途中で山田駅の復活が決まりました。

高尾線開通

昭和42年(1967年)10月1日、北野-山田間が復活、山田-高尾山口間が新規で開業し、併せて高尾線と称するようになりました。

高尾線開通50周年

片倉は休止中の昭和32年(1957年)12月28日に国鉄横浜線の片倉信号所が駅に昇格し片倉と名乗るようになったため、京王片倉に改称されました。八王子台は待避線を有する2面4線の駅として建設され、高尾線開業に合わせて開発されためじろ台住宅地の中心駅であることから、めじろ台に改称されました。

めじろ台の待避線は昭和50年代後半に撤去され、相対式ホーム2面2線になりました。

開通50周年記念HM

HM 8013F

10月1日から高尾山トレインである8013Fに「高尾線開通50周年記念」HMが掲出されています。HMには、2015F以降と5000系の方向幕や初代高尾号HMに使われていた山と四葉のクローバーを銜えた鳥の絵柄が描かれています。

参考文献・関連記事

【参考文献】
"軌道特許狀下付", 官報, 第291號, p.435 (昭和2年12月16日)
京王電氣軌道株式會社 『京王電車 沿線名所圖繪』 (昭和5年秋)
東京遞信局 『管内電氣事業要覧 第八回』 電氣協會關東支部 昭和7年5月5日
東京遞信局 『管内電氣事業要覧 第九回』 電氣協會關東支部 昭和7年12月30日
京王電氣軌道株式會社 『京王電氣軌道株式會社三十年史』 昭和16年2月20日
"軌道ヲ地方鐵道ニ變更許可", 官報, 第5617號, p.7 (昭和20年10月1日)
大野康雄: "京王帝都電鉄 高尾新線建設始まる", 鉄道ピクトリアル, 183, pp.33-34 (1966年5月)
川妻庸二, 川越敐司: "京王高尾線開通", 鉄道ピクトリアル, 203, p.59 (1967年11月)
中川浩一: "京王帝都電鉄の系譜", 鉄道ピクトリアル, 278, pp.12-18 (1973年5月)
青木栄一: "京王帝都電鉄のあゆみ-その路線網の形成と地域開発-", 鉄道ピクトリアル, 422, pp.13-20 (1983年9月)
馬場正 『京王御陵線』 (昭和61年2月)
青木栄一: "京王帝都電鉄のあゆみ〔戦後編〕-路線網の整備と地域開発-", 鉄道ピクトリアル, 578, pp.97-110 (1993年7月)
飯島正資: "武蔵中央電気鉄道と御陵線について", 鉄道ピクトリアル, 734, pp.127-133 (2003年7月)
【関連記事】
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