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都営新宿線開業40周年【1】

昭和53年(1978年)12月21日に都営新宿線 (東京都市計画都市高速鉄道第10号線) の岩本町-東大島間6.8kmが開業してから40周年を迎えました。

前史

新宿追分駅跡

大正2年(1913年)4月15日に京王電気軌道が笹塚-調布間を開業しました。京王は東京市電気局新宿線 (新宿-半蔵門、3.4km) への乗り入れを目論み、4呎6吋 (1372mm) の軌間を採用しました。市街化が進んでいた笹塚以東の区間では、甲州街道の路面や玉川上水用地を活用して徐々に延伸し、大正4年(1915年)5月30日にようやく市電の追分停留所近くに設けられた新宿追分に到達しました。

大正6年の地形図では市電新宿線の停留所は以下のようになっていました。後年、新宿は角筈に改称、新宿車庫の前に新宿三丁目が開設されました。

新宿-追分-新宿二丁目-新宿一丁目-大木戸-塩町-傳馬町二丁目-麹町十三丁目-四谷見附-麹町九丁目-麹町六丁目-麹町三丁目-半蔵門

地図

市電と線路は接続していませんでしたが、大正12年(1923年)の関東大震災に伴う京王から横浜市電への車両譲渡その他で、京王の線路終端から惰行で脱線させて市電の軌条のところまで乗り入れるという方法で車両の受け渡しが行われていました。翌大正13年(1924年)に震災復興のため市電と線路が接続され、多摩川の砂利を搭載した貨車が乗り入れました。

ところが新宿追分駅の移転と一等大路第三類第十號路線の街路整備工事により市電との線路接続が断たれました。

大正15年(1926年)頃、高架線増が計画されていましたが、昭和恐慌と御陵線建設の関係で実現しませんでした。

(イ)新宿・下高井戸間現在の路面電車を專ら近距離沿道居住者の用に供し、其の區間を限り三呎六吋軌幅の高架線を設け、玉南と連絡して東京・八王子間直通急行に便ならしめること。卽ち現在よりも約廿二分を短縮し、新宿・府中間を四十分、府中・八王子間を三十分にして到達し得るやうになる。

昭和12年(1937年)8月に京王電軌は新宿-神宮裏間の地下鉄建設の特許申請を行いましたが、程なく戦時体制に突入したためこちらも頓挫してしまいました。これらの計画は都心への乗り入れを見据えたものであった可能性があります。

戦災復興が一段落した昭和30年(1955年)11月に、京王は都心乗り入れを目的とした新線の免許を申請しました。

  • 両国線 (新宿-神楽坂-飯田橋-九段下-東京駅-日本橋-両国) 11.2km
  • 上野線 (神楽坂-上野) 3.8km

12月には両国線新宿駅と連絡する立川線 (新宿-富士見ヶ丘-西国立) を出願しました。更に翌昭和31年(1956年)6月には、両国線と直通運転するための新宿線 (笹塚-新宿: 途中駅無) 3.8kmの免許申請をしました。

この頃、私鉄各社が都心乗り入れを目的とした新線の免許申請を相次いで行ったことで、収拾がつかなくなってしまいました。

都市交通審議会

このような状況下で、昭和30年7月19日に運輸省は都市交通審議会を設置しました。昭和31年(1956年)8月14日に答申第1号『東京及びその周辺における都市交通に関する第一次答申』が出されましたが、大正14年(1925年)3月30日内務省告示と昭和21年(1946年)12月7日戦災復興院告示をほぼ踏襲したもので、京王両国線と上野線は含まれませんでした。

路線図

昭和37年(1962年)6月8日に答申第6号『東京及びその周辺における高速鉄道特に地下高速鉄道の輸送力の整備増強に関する基本的計画の改訂について』が出され、京王線関係は9号線になりました。しかし、この案は京王の思惑から外れたものでした。京王は新宿-芦花公園間を京王線の貼り付け線増にするようにと主張しました。

(9) 芦花公園方面より方南町、新宿、春日町、厩橋、深川及び月島の各方面を経て麻布方面に至る路線

昭和43年(1968年)4月10日に答申第10号『東京及びその周辺における高速鉄道を中心とする交通網の整備増強に関する基本計画について』の中間答申が出されました。答申第6号の9号線は、京王線部分が10号線、新宿以東が12号線に分割され、現在の都営新宿線と大江戸線の基になりました。

10号線
芦花公園方面より新宿及び靖国通りの各方面を経由し、市ヶ谷、神保町、須田町及び浜町の各方面を経て住吉町方面へ至る路線

12号線
新宿方面より春日町(文京区)、上野、深川及び月島の各方面を経て麻布方面に至る路線

路線図

昭和47年(1972年)3月1日の答申第15号『東京及びその周辺における高速鉄道を中心とする交通網の整備増強に関する基本計画について』では、10号線と12号線の両端で区間が延長されました。10号線は多摩と千葉の2つの大規模ニュータウンへのアクセス鉄道としての役割を持つことになりました。

10号線
橋本-多摩ニュータウン中央-調布-芦花公園-新宿-市ヶ谷-神保町-浜町-住吉町-東大島-篠崎町-本八幡-柏井-鎌ヶ谷市北部-千葉ニュータウン小室地区-千葉ニュータウン印旛地区
(調布-新宿は、京王線の複々線化を行うものである。)

12号線
新宿-西大久保-柳町-春日-御徒町-蔵前-森下町-清澄町-門前仲町-月島-浜松町-麻布-六本木-青山一丁目-信濃町-代々木-新宿-東中野-西落合-練馬-豊島園-高松町
護国寺-目白東-目白-西落合
なお、高松町より大泉方面への延伸を検討する。

東京都市計画都市高速鉄道

都市交通審議会答申第10号に沿って東京都都市計画地方審議会により審議が進められました。そして、昭和43年12月28日に建設省告示第3731号『東京都市計画高速鉄道の変更及び追加について』が告示されました。

東京都市計画高速鉄道の変更及び追加
起点 終点 主な経過地 延長km 主要中間駅
新宿区角筈二丁目
(新宿駅南口付近)
江東区深川住吉町二丁目

新宿三丁目
住吉町
九段北四丁目(市ヶ谷駅)
九段北一丁目
神田小川町二丁目
神田須田町二丁目
日本橋馬喰町一丁目
深川森下町二丁目
各付近

約12.5 市ヶ谷
九段下
神保町
馬喰町

昭和44年5月20日付の建設省告示2430号『東京都市計画高速鉄道の変更について』では、10号線の区間として京王線新宿-調布間が追加されました。

東京都市計画高速鉄道の変更
起点 終点 主な経過地 延長km 主要中間駅
調布市上布田町 江東区深川住吉町二丁目 国領町
金子町
給田町
上北沢四丁目
松原一丁目
笹塚一丁目
本町一丁目
角筈二丁目
新宿三丁目
住吉町
九段北四丁目(市ヶ谷駅)
神田小川町二丁目
日本橋馬喰町一丁目
深川森下町二丁目
各付近
約29.2 明大前
新宿
市ヶ谷
九段下
神保町
馬喰町

昭和45年(1970年)1月8日に告示された東京都告示第15号で終点が江東区大島五丁目に変更され、延長が29.980kmになりました。そして、同年8月24日付の東京都告示第900号で終点が東大島に延長され、同時に大島車庫の用地も確保されました。

東京都告示第900号 (昭和45年8月24日)

第一〇号線 追加する部分 東京都江東区大島八丁目、大島九丁目及び江戸川区小松川一丁目

線路区分 (第10号線)
起点 終点 主な経過地 延長
調布市上布田町 江東区大島九丁目 調布
つつじヶ丘
千歳烏山
桜上水
明大前
笹塚
新宿
市ヶ谷
神保町
岩本町
住吉町
大島
31,180m

(続く)

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