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東神田1丁目の逓信省鉄蓋とY字標識

徽章

清洲橋通り(千代田区特別区道千第789号/中央区特別区道中日第2号線・東京都市計画道路幹線街路補助線街路第186号線)から神田金物通り(千代田区特別区道千第619号)が分岐する東神田一丁目交差点の角にある東京都立一橋高等学校前の歩道上に、逓信省の鉄製マンホールが残っています。

風景 鉄蓋

蓋は角型の2枚組で、中央に逓信省徽章である〒マークがあります。しかし、2枚の徽章の向きが逆であることから、元々2枚は組ではなく、何らかの事情で2枚とも左側用の蓋になってしまったようです。

地図

清洲橋通りと神田金物通りは、関東大震災後の帝都復興事業により東京都市計畫街路幹線34號「龍閑橋北詰ヨリ紺屋町、美倉橋、竹町ヲ經テ入谷町ニ至ル」(延長3960m、幅員22m)と幹線50號「村松町ヨリ豊島町ニ至ル」(延長573m、幅員22m)として整備されました。

風景 標識

幹線50號終点の豊島町が現在の東神田一丁目交差点で、Y型交差点になりました。現在の清洲橋通りは南行き一方通行となっていますので、「Y型道路交差点あり」の標識が交差点北側に建っています。

風景

戦前は、現在の都立一橋高校の地に東京市神田區立橋本尋常小学校がありました。戦後、東京都立神田高等学校に転用され、昭和25年 (1950年) 4月1日に都立一橋高校が開校しました。この鉄蓋は昭和初期の街路整備時に電話線を地中化し、小学校への回線引き込みのために設けられたと考えられます。

【参考文献】
遠藤市次 『東京都市計畫竝事業索引』 大正13年5月30日
遠藤市次 『復興局公認 東京都市計畫圖』 大正15年5月20日
千代田区 『路線網図』 令和2年3月
中央区 『路線番号図』 平成30年4月
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