神田区神保町の痕跡
大久保書店両隣の十字屋と野崎屋刃物店も当時の建物で、ファサード部が改装されています。"本と街の案内所"と三鈴眼鏡店は2019年2月に解体されてしまいました。
神田駿河台交差点近くの文房堂ビルは1994年4月に第2回千代田区都市景観賞〈ちよだ景観界隈賞〉を受賞、2003年6月9日に千代田区景観まちづくり重要物件に指定されたビルです。
Bumbodo SINCE 1887
この建物の正面外観は、1922年、(大正11年)12月26日に竣工した旧本社屋のものです。
竣工の翌年、関東大震災により内部が焼失しましたが、当時としては数少ない鉄筋コンクリート建築であったために、倒壊を免れました。また、第2次世界大戦の戦禍をも幸いにして、くぐり抜けてきました。
私共は、このささやかな「歴史」を記憶に留めるべく、正面外壁を保存するものです。1990年8月 株式会社文房堂
文房堂の並びには昭和2年築の天麩羅はちまき(昭和6年神田區富山町で創業、昭和20年現在地に移転)があり、その西側には昭和初期築と見受けられる看板建築の清泉堂(大正初期創業)があります。
神保町交差点の西には昭和3年築の矢口書店(大正7年創業)と古賀書店(大正初期創業、2022年12月24日閉店)の並びがあり、その裏手には同時期に建築された篠崎運送店(昭和27年創業)もあります。
神保町交差点の南東角には昭和初期建築・創業の廣文館書店があります。専大前交差点の南にある中華成光(昭和30年日本蕎麦店として創業、昭和52年業態変更)も昭和初期の看板建築のようです。
専修大学神田7号館の地に建っていた昭和初期築の西田書店は1998年に江戸東京たてもの園に移築、丸二商店として展示されています。銅板の紋様は上から一文字、網代、青海波となっています。
神田神保町の現在の町域は、関東大震災復興の区画整理により神田區時代の昭和9年1月1日に誕生しました。このとき大正通りの南側には奇数地番、北側には偶数地番が通り側から順に割り当てられ、現在でも使われています。これが神田區神保町の一番の痕跡とも云えます。
- 【参考文献】
- 東京市企畫局都市計畫課『東京市町名沿革史(上卷)』昭和13年3月31日
- 千代田区計画調整課: "風格ある都市景観形成をめざして 第2回千代田区都市景観賞 決まる", 広報千代田, 893, p.4(平成6年4月5日)
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