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千住の江戸川上水町村組合水止栓

紋章

足立区は昭和7年(1932年)10月1日に南足立郡千住町、西新井町、梅島町、江北村、舎人村、渕江村、伊興村、東渕江村、綾瀬村、花畑村の3町7村の区域をもって発足した区です。このうち千住町だけが江戸川上水町村組合に参加していたので、足立区千住地域には今でも当時の水止栓が幾つか残っています。

風景

千住宮元町の千寿青葉中前交差点から南に入った住宅街の中に、江戸川上水町村組合の水止栓が数メートルの間隔で2個残っています。写真の奥に見える信号が交差点で、写真奥の電柱の足下にある小蓋は蝶番がない蓋、写真の手前側にある小蓋は蝶番付きの蓋です。

水止栓 水止栓

2個とも江戸川上水町村組合の紋章や"水止栓"の文字が入っています。蝶番なしの蓋は相当磨耗しています。一方、蝶番付きの蓋は蝶番部がほぼ埋もれていますが、それほど磨耗していません。

風景 水止栓

千住4丁目の住宅街の中に蝶番付の水止栓が1枚残っています。蓋の枠の損傷度合いは酷いですが、蓋自体の破損や磨耗は少なく、江戸川上水町村組合の紋章や"水止栓"の文字が鮮明に残っています。

風景 水止栓

千住4丁目の旧日光街道に、蝶番付き水止栓と蝶番なしの水止栓が2個並んでいます。蓋の表面は相当磨耗していて、紋章と"水止栓"の文字がどうにか判読できる状態です。

風景 水止栓

数十メートル北の旧日光街道にも蝶番付き水止栓が1個残っています。斜向いには足立区登録有形民俗文化財に登録されている万延元年(1860)8月築の横山家住宅(地漉紙問屋松屋)が建っています。

取水塔

これらの水止栓は10年前に現存を確認していますが、2022~2023年撮影のGoogle Street Viewでも現存を確認できました。

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【参考文献】
東京都教育庁地域教育支援部管理課『東京都の近代和風建築-東京都近代和風建築総合調査報告書-』2009年3月31日

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