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千住元町にあった東京電燈の銘板

銭湯建築 解説

昭和4年10月、現在の足立区千住元町3-9の地で子宝湯が開業しました。入口上部に唐破風のある宮造り建築で、昭和63年に廃業後、江戸東京たてもの園に移築されました。

銭湯建築 銭湯建築

脱衣所の仕切り上部や浴室内の広告は実在したことがない地名が使われているフェイク広告です。脱衣所は格式高い折上げ格天井で、3枚羽のシーリングファンがぶら下がっています。

銘板

入口右横の柱には、東京電燈株式會社の社章と「東電 463 元」の文字が入っている電力供給契約の銘板が残っています。

千住元町一帯には奥州路が通っていたため鎌倉時代に既に集落があり、慶長2年(1597年)に日光街道の宿駅として指定された千住宿に対して元宿と称していました。

一帯の北西部が字元宿、北東部が字川田、南部が字金佛で、千住三丁目~五丁目の入会地となっていました。このため、明治22年(1889年)5月1日の千住町成立後も字(小字)が2つ以上の大字にまたがり入り組んだ状態でした。荒川放水路(明治44年6月15日事業着手、大正13年10月12日通水、昭和5年竣工)開削に伴い字元宿と字川田の大半が水路敷になってしまいました。昭和6年(1931年)1月1日に千住町字名地番整理が実施され、字元宿の残部と字金佛を合わせて大字元町とし,、翌昭和7年10月1日の足立區成立時に千住元町として引き継がれました。

開業時の子宝湯の所在地は千住町大字四丁目字金佛930番地(?)で、昭和6年に千住町大字元町19番地、足立區成立時に千住元町19番地になりました。東京電燈の銘板の「元」は元宿若しくは元町を示していると考えられます。

社章

千住元町の西隣の千住櫻木町35番地(→千住桜木1丁目13-2)には、お化け煙突で有名だった東京電燈の千住火力發電所(大正15年1月20日運転開始、昭和38年5月7日稼動停止、昭和39年11月解体)があり、変電所も併設し千住町内に直接給電していました。

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【参考文献】
東京遞信局『東京府南足立郡千住町・東京府北豊嶋郡南千住町全圖』明治44年
東京市役所臨時市域擴張部調査課『新區町名地番表(南足立郡)』昭和7年9月
東京電力株式会社『関東の電気事業と東京電力』2002年3月31日
荒川下流河川事務所『荒川放水路変遷誌』2011年10月
赤猫丸平: "足立区の銭湯の変遷", 赤猫丸平の片付かない部屋, 2016.10.14(2023年10月13日閲覧)

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