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東京の2桁市内局番【9】

旧町名

(承前) 昭和31年(1956年)7月27日に初めての3桁市内局番である"328"が松沢局で始まり、以後新規開局や増設で付与される局番はすべて3桁になりました。このため、これ以降に東京市内区域に編入した北町局と戦災復旧した墨田局には3桁局番が付与されました。

短距離市外通話の自動即時化

昭和29年3月25日に全国市外選択数字計画(第1版)が定められました。市外局番は先頭の0を除いたものになります。

  • 全国で市外局番+市内局番+加入者番号を合わせて8数字
  • 60km以上の長距離市外通話は"00"+8数字
  • 60km以内の短距離市外通話は"0"+6~8数字
短距離市外通話網

新宿、浜町、白金の開局を以て、昭和31年6月24日に都心部から横浜・川崎・立川・市川・武蔵野への自動即時通話が実施されました。埼玉・千葉方面の自動即時通話は池袋局内に設置された第二池袋局の完成を以て開始されました。翌年2月1日からは東京都区内の全局から近郊12都市へ自動即時通話ができるようになりました。

短距離即時局
局名受け持ち地域と市外局番
千代田神奈川(6xx、発信)
新宿多摩(2xx)
白金横浜(5)・川崎(4x)、神奈川(6xx、着信)
浜町千葉(7xx)
第二池袋埼玉(8xx)

昭和33年3月の全国市外選択数字計画(第5版)では番号形態が具体的に定められました。

  • 0BCDEFGH(京浜・京阪神・中京・福岡北九州の短距離市外通話)
  • 0CDEFGH(その他の地域の短距離市外通話)
  • 00ABCDEFGH(長距離市外通話)

全国一律の市外番号を付与し、国内開放指定番号が"0"に定まったのは昭和36年12月になります。

霞ヶ関局の開局

昭和32年10月30日に丸の内局内の和田倉(20)局を千代田局内の装置に移装しました。翌年2月9日には千代田区内幸町一丁目1で建設中だった霞ヶ関局が開局し、築地(58)・千代田(59)・東銀座(50)の各局に分散していた仮局を局番を変えることなく集約しました。そして同年3月3日に丸の内地区電話局が浜町局内から霞ヶ関局内へ移転しました。

窮策の3桁局番設定

3桁局番は2桁局の3次セレクタ(加入者番号の千位)の空レベルを使ってできたもので、3次セレクタの空レベルに別の加入者番号4桁分を処理するユニットを付加して実現しました。松沢328は32局番の3次セレクタの8と9が空いていたことで実現できたもので、これにより回線数が32-0000~9999の1万回線から、32-0000~7999の8000回線と328-0000~9999の1万回線の計18000回線に増えることになります。

昭和32年6月1日に練馬北町局が北町分局として市内に編入された結果、昭和13年4月1日から順次行われてきた周辺域の電話局の市内化が完了しました。そして同年8月18日の墨田局の復旧を以て戦災復旧も完了しました。

3桁局番で開局・増設した局
局番号局名実施日所在地備考
211千代田S33.09.22千代田区大手町一丁目6増設
311杉並S33.10.12杉並区馬橋一丁目70開局
312杉並S34.11.14杉並区馬橋一丁目70増設
328松沢S31.07.27世田谷区松原町二丁目68332局8レベル使用
368新宿S32.02.24新宿区柏木三丁目34936局8レベル使用
369新宿S34.08.07新宿区柏木三丁目34936局9レベル使用
398荻窪S33.05.10杉並区荻窪三丁目9539局8レベル使用
408青山S31.11.15港区赤坂青山北町四丁目140局8レベル使用
414第二世田谷S32.12.15世田谷区太子堂47241局4レベル使用
416S34.10.01世田谷区喜多見町11841局7000~9999から変更
471白金S34.11.14港区芝白金台町二丁目69-4増設
473白金S33.12.10港区芝白金台町二丁目69-4増設
531晴海S33.12.10中央区銀座東三丁目17東銀座局内で仮開局
535東銀座S33.12.10中央区銀座東三丁目17増設
611向島S35.01.05墨田区寺島町四丁目200S32.08.18墨田局内で仮開局
622墨田S32.08.18墨田区石原町四丁目21自動交換化して復旧
623墨田S33.10.10墨田区石原町四丁目21増設
697葛飾S32.12.01葛飾区本田町27269局7レベル使用
712目黒S32.10.27目黒区中目黒三丁目1170開局
713目黒S33.11.22目黒区中目黒三丁目1170増設
717自由ヶ丘S34.11.01目黒区中根町74S33.11.22目黒局内で仮開局
771西大森S33.07.27大田区馬込東三丁目564開局
772西大森S34.10.10大田区馬込東三丁目564増設
738蒲田S32.11.02大田区本蒲田五丁目173局8レベル使用
807荒川S33.08.26荒川区三河島二丁目256680局7レベル使用
828駒込S33.12.06文京区駒込林町982局8レベル使用
866浜町S33.01.19中央区日本橋矢ノ倉13-1増設
888足立S31.12.25足立区千住仲町6588局8レベル使用
919王子S33.11.29北区豊島町一丁目191局9レベル使用
929小石川S32.12.17文京区柳町2992局9レベル使用
933北町S32.06.01練馬区北町一丁目450自動交換化して編入
北町二丁目279から移転
982第二池袋S32.11.08豊島区西巣鴨一丁目3277池袋局内で開局
983第二池袋S34.08.01豊島区西巣鴨一丁目3277増設
996石神井S34.10.01練馬区下石神井二丁目121799局7000~8999から変更

3次セレクタの空レベルを使う手法は窮余の一策といえますが、結果として全局3桁局番化をするための検討時間を稼ぐことができたともいえます。

加入者電話番号札~一斉3桁化PR ~

3桁局番PR広告

2桁市内局番の一斉3桁化について検討が重ねられ、昭和34年7月28日の東京通信局幹部会議に於いて一斉切換日を昭和35年2月7日と決定しました。これを受けて局内工事などが始まり、9月からは様々な媒体を通じての市内局番一斉3桁化のPR活動が行われました。

2桁局加入者に対して昭和34年12月から35年1月末にかけて整備された加入者電話番号札もその一つです。加入者電話番号札は電電公社章が入った基板の上に局番、加入者番号の上2桁と下2桁の3枚の透明個片の組み合わせで電話番号を表したものです。

加入者電話番号札 出桁造

下高井戸に残る出桁造の柏木精米店の鴨居に松沢321局の加入者電話番号札が残っています。局番から2桁時代から使われていた番号になりますが、昭和11年の時点で松澤2769は別の方の番号でした。

文化住宅 解説

江戸東京たてもの園に移築・展示されている田園調布の大川邸玄関の鴨居にも、田園調布721局の加入者電話番号札と「田園調布6丁目23の12」の住所板が残っています。

加入者電話番号札 旧町名

田園調布六丁目は昭和35年の地番整理により誕生し、昭和45年の住居表示実施までの10年間だけ存在した町名でした。この地番整理で田園調布局の住所が田園調布四丁目41番地14に変わりました。

2桁市内局番の終焉

2桁市内局番の一斉3桁化に先立つ昭和34年10月1日、砧(41局7000~9999、親局世田谷41局)と石神井(99局7000~8999、親局練馬99局)の従局が局番を3桁化して独立分局になりました。

2桁局番最終日の局番号一覧(昭和35年2月6日)
区画0123456789
2千代田Ⅳ(20)千代田Ⅴ(211)天気/時報(22)丸の内(23)日本橋(24)神田(25)大手(26)千代田Ⅰ(27)千代田Ⅱ(28)千代田Ⅲ(29)
3九段Ⅱ(30)杉並(311·312)松沢(32/8)九段Ⅰ(33)四谷Ⅰ(34)四谷Ⅱ(35)新宿Ⅱ(36/8·9)新宿Ⅰ(37)中野(38)荻窪(39/8)
4青山(40/8)第二世田谷(41/4)
砧(416)
世田谷(42)芝(43)白金(44)三田(45)渋谷(46)白金(471·473)赤坂(48)大崎(49)
5霞ヶ関Ⅲ(50)東銀座(535)
晴海(531)
東銀座(54)築地(55)京橋(56)銀座(57)霞ヶ関Ⅰ(58)霞ヶ関Ⅱ(59)
6向島(611)墨田(622·623)本所(63)深川(64)江戸川(65)茅場兜Ⅰ(66)茅場兜Ⅱ(67)城東(68)葛飾(69/7)
7玉川(70)目黒(712·713)
自由ヶ丘(717)
田園調布(72)蒲田(73/8)羽田(74)池上(75)大森(76)西大森(771·772)荏原(78)
8荒川Ⅱ(80/7)駒込(82/8)下谷(83)浅草Ⅰ(84)浜町Ⅰ(85)浜町Ⅱ(866)浅草Ⅱ(87)足立(88/8)荒川Ⅰ(89)
9赤羽(90)王子(91/9)小石川(92/9)北町(933)大塚(94)落合(95)板橋(96)池袋(97)第二池袋(982·983)練馬(99)
石神井(996)

CD/E: 2桁局番CDと3桁局番CDEの併用局

昭和35年2月7日0時に東京都区内の2桁市内局番CDの末尾に"1"が付加され3桁局番CD1になりました。これにより34年に渡って続いた2桁局番の時代に幕が下りました。

(東京の2桁市内局番・完)

参考文献

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