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東京消防庁の初期型マンホール

上野寛永寺 マンホール

昭和23年3月7日に内務省警視󠄁廳消防部が東京消防本部として分離独立し、同年5月1日に東京消防廳に改称されました。上野の東叡山円頓院寛永寺清水観音堂の前に「東京消防廳」の鉄蓋が残っています。

風景 マンホール

世田谷区代田4丁目の世田谷中原教会前の路地には、新字体で「東京消防庁」と入っている同紋様の鉄蓋が残っています。いずれも用途は記されていませんが、設置場所から防火水槽の蓋と思われます。

『マンホールのふた』によると、このタイプの蓋は昭和25年から設置されたとのことです。また、昭和24年4月28日に当用漢字字体表が告示、新字体への切り替えが行われました。このことから、"廳"の初代蓋は昭和24年に製造されたもので、"庁"の2代目蓋は昭和25年以降の製造と考えられます。

【参考文献】
林丈二『マンホールのふた<日本篇>』サイエンティスト社, 1984年3月
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