尾久町のマンホール

mark

明治22年(1889年)4月1日に東京府北豐島郡の上尾久村、下尾久村と船方村の一部が合併して尾久村が誕生しました。大正12年(1923年)4月1日に町制を施行して北豐島郡尾久町となりました。その後、昭和7年(1932年)10月1日に北豐島郡の南千住町、日暮里町、三河島町とともに東京市に編入され荒川區になりました。

続きを読む "尾久町のマンホール"

| | トラックバック (0)

東急東横線並木橋駅跡

map

銘標

江戸時代、鎌倉道(鎌倉街道中道)が渋谷川を渡る所に金王下橋(全長7間3尺 = 13.6m、幅員2間 = 3.6m)が架けられていました。

続きを読む "東急東横線並木橋駅跡"

| | トラックバック (0)

目黒新橋と東京府のマンホール

目黒区下目黒1丁目の目黒通り(東京都市計画道路幹線街路放射第3号線、東京都道312号白金台町等々力線)の目黒新橋の袂にある警視庁目黒警察署下目黒交番の裏手に東京府のマンホールが残っています。

続きを読む "目黒新橋と東京府のマンホール"

| | トラックバック (0)

春の小川100年

「春の小川」が文部省唱歌として「尋常小學唱歌(四)」に初めて掲載されてから今年で100年になります。

続きを読む "春の小川100年"

| | トラックバック (0)

野川沿いの東京市制水弇

野川に架かる荒玉水道道路(東京都道428号高円寺砧浄水場線)の水道橋の両岸に東京市水道局の制水弇角蓋があります。

続きを読む "野川沿いの東京市制水弇"

| | トラックバック (0)

京王電軌の架線柱と川世線・給田西分流

銘板

京王7004F

仙川鉄橋と仙川の切り通しの間に「千歳烏山30」架線柱があります。この架線柱の縦鋼材は他の架線柱のものと比べて太くなっています。またこの架線柱だけ建柱年月が昭和10年4月となっています。これは柴崎付近の架線柱の建柱年月と同じです。

続きを読む "京王電軌の架線柱と川世線・給田西分流"

| | トラックバック (0)

千駄ヶ谷町のマンホールとセンホール焼

弊備忘録の記事「千駄ヶ谷町のマンホール」をお読みになられた千駄ヶ谷大通り商店街振興組合(千駄ヶ谷グリーンモール)の方から、「センホール焼」を頂戴いたしました。

続きを読む "千駄ヶ谷町のマンホールとセンホール焼"

| | トラックバック (0)

野川分流の橋台跡

旧線

map

調布市立第七中学校から旧線跡の民家を辿っていくと、小さな駐車場があります。ここに2m弱の間隔で2つのコンクリート塊が埋められています。

続きを読む "野川分流の橋台跡"

| | トラックバック (0)

柴崎付近の旧線跡

map

map

京王線は、神代村役場前の甲州街道が南側にカーブする地点で直進し、現在のナムコワンダーシティ、調布自動車学校を通り、深大寺道(佐須街道、調布3・4・11号柴崎駅下石原線)との交差箇所に柴崎駅がありました。

続きを読む "柴崎付近の旧線跡"

| | トラックバック (0)

千駄ヶ谷町の燈孔

渋谷区神宮前2丁目の住宅街の中に東京府が設置したと推測される千駄ヶ谷町が設置した燈孔蓋が1枚と燈孔の跡が4個残されています。

続きを読む "千駄ヶ谷町の燈孔"

| | トラックバック (0)